大原神社
奈良県高市郡明日香村小原134 yahoo



大伴夫人の円墳 直径11m〜12m

交通案内
飛鳥坐神社の東10分


祭神
品陀別命、大織冠鎌足


大織冠鎌足誕生地の碑



由緒
 藤原鎌足は、「大織冠伝」(760年頃成立)によると、推古天皇二十二年 614年)、大倭国高市郡の人として、藤原の第(邸宅)に生まれたと記されている。藤原は、現在のここ明日香村小原の地である。

 鎌足は、中大兄皇子(後の天智天皇)を助けて、「大化の改新」を推進する偉業を成し遂げた。669年、臨終の床で、天智天皇から、最高位の「大織冠」の冠位を与えられ、その後、千年以上も続く藤原氏の祖となった。(社頭掲示)


拝殿

お姿
  すぐ右手の田圃には、明治初年まで、「藤原寺」(鎌足誕生堂)が建っていて、江戸時代後期に、国学者の本居宣長も訪れている。

 飛鳥坐神社より通じるこの道は、ここから東へ上がること約4kmの山頂にある、鎌足を祀る「談山神社」への表参道である。

 ここ大原神社の奧の竹田川のほとりには、「藤原鎌足産湯の井戸」、左手の森には、鎌足の母「大伴夫人」の墓がある。

 また当神社の正面左手には、天武天皇と鎌足の娘の藤原夫人との間に交わされた、万葉集の歌二首を刻んだ石碑がある。(社頭掲示)

天皇の藤原夫人(ふじはらのきさき)に賜へる御歌(おほみうた)一首
 巻二 一〇三 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後

 藤原夫人の和へ奉れる歌一首
 巻二 一〇四 我が岡のおかみに乞ひて降らしめし雪の砕けしそこに散りけむ


覆殿の中の本殿


鎌足の産湯の井戸


お祭り
 10月14日 例祭

大和の神々
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