崇道天皇社

奈良市西紀寺町四十番地 its-mo

鳥居

交通案内

バス紀寺町 南西



祭神

早良親王

拝殿


由緒

 境内の説明板から。

 当社は平城天皇大同元年(806)創立にして桓武天皇の皇弟早良太子(光仁天皇、高野夫人)第二皇子の霊を鎮め祀る。
 天応元年(781)桓武天皇の皇太子となる。
 延暦三年(784)都を平城京より長岡京に移し、天皇政事を太子に任せらる。同四年故ありて乙訓寺に幽閉され後淡路島に配流途に崩御あらせらる。遺骸を仁井の里に埋葬された。
 国内に凶事続出、親王の怨霊との声高まり、同十七年天皇遺骨を大和八嶋陵に迎え同十九年陵に於いて追尊の儀執行せらる。
 平城天皇大同元年社を建立、霊を慰められたのが当社の創立である。

 八所御霊の一座。

本殿(重要文化財) 春日造桧皮葺
元和九年(1615)造営。春日若宮の旧本殿を移築。


お姿

 西向きの鳥居。ここから参道両側には石灯籠が林立。 社殿は南向きだが、明治八年までは西向き。本殿の横に無粋な大きい看板がある。
 拝殿前に春日見の腰掛け石。
 紀寺の鎮守社であったと言う。

春日見の腰掛け石


お祭り
 10月 15日  例祭

 参考 『奈良市史』社寺編

大和の神々
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