山直神社
大阪府岸和田市内畑町3619番地 mapfan

鳥居

交通

久米田駅からバス沢峯下車西へ牛滝川を越える。



祭神

天照皇大神、天穗日命、速須佐之男命、彦曾乃世呂命
合祀 事勝國勝長狹神、狹依比賣命 摂社
神明神社、淡島神社、厳島神社「佐依比賣命」、菅原神社、稲荷神社、春日神社、天照皇大神社、熊野神社、真野神社「水分神」

流造檜皮葺の本殿 



由緒

 ヤマナオ、ヤマタエの訓がある。現在はヤマダイの様だ。
 創建は天穂日命が創立したと社伝にある。『新撰姓氏録」に、天穂日命十七世孫日古曽乃己呂命之後也とあり、山直氏が祖神を祀ったもの。
 社伝は更に、文武天皇の時、役の小角が五間と七間の神殿を造営、更に聖武天皇の時、行基上人が奏上して堂塔、社殿を造営したという。
 『泉州志』では、波多神社となっているようだ。社伝には波多神社を合祀とある。鎮座地の内畑のハタが混乱の元か。


お姿

 鳥居の扁額に「山直太田総社」とある。
 山の中腹に鎮座、天然記念物の社叢はなかなかのもの、さわやかさと森厳さを感じる神社。
 本殿は文禄三年(1594)ニ間四面の神殿が再造営されており、さらに慶長六年(1601)屋根葺き替え修繕をしているが、が建造物は従前のままで現存する。

社域 摂社の祠が並ぶ。



バス停近くの御旅所


お祭り

 10月 9日 2日間 秋季例大祭

『平成祭礼データ』
当社は延喜式内社で昔時天穂日命の創立と伝えられる。文武天皇の時、小角五間に七間の神殿を造営。その後聖武天皇の時、行基上人奏上して堂塔社殿を造営。応仁年中兵火に罹り焼失。その後文録3年二間四面の神殿を再造営する。慶長6年屋根葺替修繕をしたが建造物は従前のまま現存する。
牛頭天皇を奉祀した延喜式内社波多神社を合祀。 朝日山長光寺は当社の宮寺であったが明治維新後の神仏分離により分かれた。明治5年村社に列し同40年神饌幣帛料供進社に指定せらる。同44年奥の坊八百万神社と字辻垣内市杵島神社を合祀し現在に至る。
以上

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