狐島稲荷神社
和歌山市狐島北川原1 ゼンリン

祭神 宇氣持神

由緒

  稲荷神社は、宇気持命を祭神とし、宇迦御魂神とも保食神とも言い、伊勢神宮外宮の豊受大神と同神とされる。 「宇迦」は食の意を有し、一切の食糧を司り、特に稲穀の豊饒を守護する神とされる。また稲荷は除災・開運の神としても信仰されている。

 山城風土記に昔、元明天皇の頃、山城の国に秦中家忌寸の祖秦伊呂具と言う長者がいたが、富める事で増長し、ある日餅を的にして弓の稽古をした。 すると、矢が的に当たったかと思うと、餅は白鳥と化して飛び回り、三箇峯に留まり、そこに稲が奈利生いた。その事、はなはだ霊異であるとして、和銅四(711)年山城国紀伊郡深草村に伊奈利(稲荷)社を建てて稲の神として祀ったのが受気持命である。

狐島の当神社の勧請創建の時期は詳らかではない。

 当神社にまつわる民話が残っている。

紀の国の民話・昔話・伝承 和歌山市編 その一 (狐島のキツネ)

 7月22日 例大祭(夏祭り)


 
紀伊續風土記 巻之七 名草郡第二 雑賀荘 狐島から

○稲荷社   境内九十八間
村の北にあり 社 方一間半  拝殿
 

稲荷神社参詣記録

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