山姥神
 

山姥神を祀る神社と伝承
 

静岡県周智郡春野町領家841 秋葉山本宮秋葉神社上社 摂社 山姥社「山姥神」
 秋葉山本宮秋葉神社上社の御祭神は火之迦具土神で、伊弉諾、伊弉冉二柱の神の御子、火の主宰神とされています。この神の誕生時に母神の伊弉冉命は傷ついてなくなります。


長野県下伊那郡上村字754 八幡社摂社浅間社「木花開耶姫命」
 長野県下伊那郡に伝わる話

 大山祇命の末弟小山祇命が猟に出かけました。ある岩陰にくると、そこでお産で苦しんでいる山姥に出会いました。
 山姥は命に、「水を飲めば楽にお産ができる。水を汲んできて欲しい。」と頼みました。命は「不猟で水くみどころではないわ」と断りました。

 次に中兄の中山祇命が通りかかり、山姥は水を所望しましたが、同じように断られました。

 それからまもなく長兄の大山祇命が通りかかりました。命は山姥がお産で苦しんでいるのを見ると、かけよって介抱しました。山姥が水の事を頼むと、命は蕗の葉二枚にたっぷりと水を汲んで山姥に呑ませてやりました。
 山姥は元気を取り戻して、命に「これから子産みをはじめるから、取り上げて名前をつけてくれ。」と頼みました。 命は「さあ産め。」と引き受けました。命はこの時七万八千人の子供を取り上げました。

 お産も無事に終わり、命は山姥に「この所、不猟続きだ。生き物の居場所を教えてくれまいか。」と頼みました。
「そんなら、もう一山越えて向こうの谷に行くがよい。鹿が千頭寄っている。」と教えてくれました。

 大山祇命は鹿を二頭撃ち取って帰ってきました。これを見た弟達はびっくりしました。。


高知県香美郡香来北町西川 神社「大山祇命」
 御神体は山姥の頭骸骨

 香美郡香来北町に伝わる話

 山姥が産気づき、岩屋でお産をしていました。蕎麦を播く季節で、村人は山を焼き払っていました。
山姥は逃げられず、焼死してしまいました。その後、村に災いが多く起こりました。どうも、山姥の祟りだろうとして、岩屋から、頭の骨を取り出して、山の神として祀りました。 それからは、災いが起こらなくなりました。

山形県東田川郡羽黒町手向字手向7 湯殿山神社 山姥婆権現
 山形県の山中に「姥峠」と呼ばれる峠がいくつかあるようです。修験道の山々には御姥信仰があります。なによりも、東北は縄文土偶が多く出土しています。



お産と焼死


 古事記の木の花の佐久夜毘売の条

 天孫として降臨した邇邇芸の命が笠紗の御前にさしかかり、美人に巡り会った。 早速、名前を尋ねると、「大山津見の神の子、名は神阿多都比売、またの名を木の花の佐久夜毘売といいます。」と答えました。
 邇邇芸の命は「結婚をしよう。」と申し込みました。比売は「私はお返事できません。父の大山津見の神に申してください。」と答えました。 邇邇芸の命は大山津見神に遣いをやりましたら、神は大変喜んで、比売の姉の石長比売ともども、多くの品々を整えて、嫁入りさせました。
 邇邇芸の命は石長比売が大変醜かったので、送り返し、妹の木の花の佐久夜毘売を留めて、一夜、契りました。

 大山津見の神は、石長比売が返された事で、邇邇芸の人物を見抜けなかった事を大変恥じて、申し送りました。 「私が二人をさしだしたのは、石長比売を妃としたなら、天津神の御子の生命は、雪降り風吹こうとも、恒に石の如く、常磐に堅磐の如く、揺れ動かず、また木の花の佐久夜毘売を妃となしたなら、木の花の栄える如く栄える事を、請け合う事であった。 ここで、石長比売をを返し、木の花の佐久夜毘売一人を留めたので、天津神の御子の生命は、木の花のように短いものとなるでしょう。」と申しました。
 今日まで、天皇の寿命は長くありません。 

 木の花の佐久夜毘売は「私は子供が出来ました。この子は天津神の御子、公表して産みます。」と言いました。 邇邇芸の命は「一夜の契りで子供ができたなんて、それは私の子供ではない。国津神の子供だろう。」と言いました。 木の花の佐久夜毘売は「私の産む子供がもし国津神の子供なら、産む時に幸がありません。もし天津神の子供なら、幸があるでしょう。」とおっしゃいました。 そうして、戸のない家屋を造り、その中に入り、土で隙間をうめ、産む時にいたっては、その家屋に火をつけて産みました。 その火の中で産まれましたのは、火照の命、火須勢理の命、火遠理の命またの名を穂穂出見の命の三柱です。

   高知県香美郡の神社の祭神は大山祇命です。この神は火に焼けながらお産をする女神と密接に繋がっています。 一つは、山姥の頭蓋骨に乗り遷る神、ひとつは山姥の出産を助ける神、そして木の花の佐久夜毘売の父神です。

 大山祇命が助けた山姥は多産でした。木の花の佐久夜毘売も一度の契りで三柱の天津神の子を火の中で産んでいます。 孕みやすい、産みやすいとの質が繋がっています。
 焼き畑は、山に火が燃え移らないように細心の注意を持って山を焼きます。密封した家屋に火をつけて出産する、同じコンセプトに属するように見えます。 
 なお、出産と火、伊耶那美命はまさに、火を産んで命を落とします。そして、黄泉の国で、醜い姿となり果てます。

 山姥は不気味さを持ってきます。子供を食べる、追われて焼き殺される、釜の中で寝て、蓋をされて焼き殺される、いささか間抜けな神の姿にも零落してしまいます。 また、死体の灰を播けば、作物が豊作になると言った、死体化生神話の面影も残っています。
 さて、腹に子供を宿したと思われる土偶が出土しています。生命の神秘をかたどったものと理解されていますが、子供を食う女神である山姥を祀ったとすれば、何とも不気味な事になりますね。

 醜怪な女神の死、これは石長比売の物語にも通じます。日本書紀では皇孫の寿命の短さを石長比売自信の口で言わしています。かの伊耶那美命は一日に千人のひとをの命を奪うと言っています。

 醜怪と死、死体は腐乱がさけられません。燃やした灰、血、死体、糞、これらを埋めた畑は豊作になった事を知っていたのでしょう。死と再生の物語です。 参考書 縄文の神話 吉田敦彦氏 青土社


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