新羅善神堂(園城寺、三井寺)
滋賀県大津市園城寺町246 its-mo

神域





交通案内
京阪石山坂本線別所駅 西へ5分、弘文天皇陵横



祭神
新羅明神(ひょっとして五十猛命)



由緒
 園城寺開祖の智証大師円珍が唐から帰朝の時、船中にあらわれた新羅の国神を祀ったと言う。
 後に源頼義の新羅明神への祈願から、源氏と園城寺の深い関係ができた。頼義が東北の安倍頼時を攻めるに当たって、新羅明神に詣でて戦勝を祈ったとの記録がある。 その子義光も新羅明神の前で元服し、新羅三郎義光と名乗った。
 新羅三郎義光は後に関東に下り、甲斐源氏の祖となり、武田につながる。五十猛命は東北征伐の時、坂上田村麻呂によって祀られている。頼義もこれに習ったのであろう。
 なお宮中に祀られていた園神韓神の園神の一字がこの園城寺の名のゆわれとの説がある。通説では園神は大物主神とされているが。

 神仏図絵には「素盞嗚尊皇子なり母は稲田姫尊、五十猛尊紀州名草の社、近江国新羅大明神是なり。」と記されている。



お姿
 園城寺の境内神社であるが現在はつながっていない。従って拝観料はいらない。 貞観2年(806年)に作られたとされる檜の一本造の新羅明神坐像は国宝である。




 新羅善神堂の建物は貞和年間(1345−50)に足利尊氏が寄進したとされ、三間流造で檜皮葺の国宝である。

本殿




公式三井寺
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