須佐神社
和歌山市口須佐 ゼンリン

交通案内
阪和線    天王寺→和歌山 (60分830円)
貴志川線 和歌山→伊太祁曽 伊太祁曽神社の前を西に3分 南へ徒歩15分


祭神

須佐之男尊


由緒
 創建年代は不明。伊太祁曽神社に合祀されている。

鳥居


小祠




お姿
 熊野古道沿いに鎮座、少し南に紀伊国名所図絵主張の奈久智王子がある。
 さびかかった鳥居をくぐり、壊れかかった階段を登っていくと小祠がある。




紀伊国名所図絵から 伊太祈曽、平緒から口須佐、奥須佐方面




紀伊續風土記 巻之十七 名草郡 山東荘 口須佐村から

口須佐村  久知受左
      中略
○須佐明神社
   祀神 須佐之男命
 本社 九尺 四尺 廰 鳥居
 末社
  里神社 四尺 二尺  牛神社三尺 一尺五寸
 本國神名帳名草郡正一位須佐大神
村の坤山の上にあり 口奥須佐二箇村の氏神なり 寛永十三(1636)年の記に在田郡安田に須佐大明神とて伊太祁曽の御母神に坐すを勧請すといひ傳ふれとも其時代詳ならす 伊太祁曽の社人毎月社参し御酒備へ祭りありと見えたり 須佐之男ノ命を伊太祁曽の母神とあるは親神といへるより紛れたるなり 按するに神代五十猛ノ命出雲国より本国に渡り給ひしより其父神須佐之男命の御霊を在田郡須佐神社の地に鎮め奉れるなるへし故に上古より伊太祁曽神社の社人殊に尊信し社領の事を奏門せしによりて伊太祁曽の神戸に接して此地に須佐の神戸を定め給へるなるへし 在田郡須佐の神事に神馬十二騎山東ノ荘より出せる事村の條下にいへるか如し 故に此神戸にも當社を勧請して伊太祁曽の社人等神事を勤めしなり 今も神主矢田氏伊太祁曽社人兼帯なり
以下略 



貴志川線沿い古代史街道
紀の国 古代史街道
神奈備にようこそ