万葉集巻第十三 紀の国

相聞したしみうた

3255 従古 言續来口 戀為者 不安物登 玉緒之 継而者雖云 處女等之 心乎胡粉 其将知 因之無者 夏麻引 命方貯 借薦之 心文小竹荷 人不知 本名曽戀流 氣之緒丹四天
古よ 言ひ継ぎ来らく 恋すれば 安からぬものと 玉の緒の 継ぎては言へど 処女らが 心を知らに  そを知らむ よしの無ければ 夏麻なつそびく 思ひなづみ  刈薦かりこもの 心もしぬに 人知れず もとなそ恋ふる 息の緒にして
昔から ゆわれて来たことやして こひはづつないもんやて 玉の緒みたいに めんめんと つらなっちゃらいしょ そやけろ 娘の気ぃ わからんやいしょ わかる手もないわいしょ 夏麻ひくみたいに 命たえらよ 刈った薦みたいに しなえてまわ 人にふけらかさんでも やにこても 息なごぅ やろかいし
 

反し歌
3256 數々丹 不思人 雖有 ま文吾者 忘枝沼鴨
しばしばに思はず人はあらめどもしましくも吾は忘らえぬかも
しょっちゅうは おぉもうてやんやろ 人らは やけど わいは 忘れやんでぇ
 

3257 直不来 自此巨勢道柄 石椅跡 名積序吾来 戀天窮見
ただに来ずこよ巨勢道こせぢから石橋いはばし踏みなづみぞ吾が来し恋ひてすべなみ
まっすぐこなんでん ここいらから 巨勢道とおって 石橋 なんぎして わたったんよ みられぇやんよに すきやいしょ そいでよ 
或ル本、此歌一首ヲ以テ、紀ノ国ノ浜ニ寄ルチフ鮑玉拾[ヒリ]ヒニト言ヒテ行キシ君イツ来マサム、チフ歌ノ反歌ナリトス。具ニハ下ニ見エタリ。但シ古本ニヨリテ亦茲ニ累載ス。
右三首。
 

3302 紀伊國之 室之江邊尓 千<年>尓 障事無 万世尓 如是将<在>登 大舟之 思恃而 出立之 清瀲尓 朝名寸二 来依深海松 夕難岐尓 来依縄法 深海松之 深目思子等遠 縄法之 引者絶登夜 散度人之 行之屯尓 鳴兒成 行取左具利 梓弓 弓腹振起 志乃岐羽矣 二手<狭> 離兼 人斯悔 戀思者
紀の国の 牟婁むろの江の辺に 千年に 障つつむことなく  万代よろづよに かくしもあらむと 大舟の 思ひ頼みて 出立ちの 清き渚に  朝凪に 来依る深海松 夕凪に 来依る縄海苔なはのり  深海松の 深めし子らを 縄海苔の 引かば絶ゆとや 里人さどひとの 行きの集ひに 泣く子なす 行き取り探り  梓弓 弓腹ゆはら振り起し しのき羽を 二つ手挟たばさみ  放ちけむ 人し悔しも 恋ふらく思へば
紀ぃの国の 室の江のはた えろーながいこと なんぎなことなかったんよ づーっと このままやったら ええのにて がいな舟と思もて 頼のんでたんよ でもよう 目ぇの前の浜や 朝の凪どきに 寄って来らいしょ 深海松 夕凪どきに 寄って来らいしょ 縄海苔 そがな 深海松みてぃに しんからほれてた 娘[こ]やったん 縄海苔みてぃに 引っ張ったら切れやんかと おもぉて 里の人ら寄り合う 歌垣で おぼる 赤ちゃん 入って来て 物さぐるやん 靫を手探りひて 梓弓の弓腹 立てて しのき矢を 二つ手でつかんで はなつやん そんなへやって わいらのええ仲 さいてくさった 人ら けったくそわるいわ そやけど わいまだすいてらいしょ     
右一首。
 

問答とひこたへのうた

3318 木國之 濱因云 <鰒>珠 将拾跡云而 妹乃山 勢能山越而 行之君 何時来座跡 玉桙之 道尓出立 夕卜乎 吾問之可婆 夕卜之 吾尓告良久 吾妹兒哉 汝待君者 奥浪 来因白珠 邊浪之 緑流白珠 求跡曽 君之不来益 拾登曽 公者不来益 久有 今七日許 早有者 今二日許 将有等曽 君<者>聞之二々 勿戀吾妹
紀の国の 浜に寄るちふ 鮑玉あはびたま 拾ひりはむと言ひて  妹の山 背の山越えて 行きし君 いつ来まさむと  玉ほこの 道に出で立ち 夕卜ゆふうらを 吾が問ひしかば  夕卜の 吾あれに告らく 我妹子や 汝が待つ君は  沖つ波 来依す白玉 辺つ波の 寄する白玉 求むとそ 君が来まさぬ 拾ひりふとそ 君は来まさぬ  久ならば いま七日なぬかばかり 早からば いま二日ばかり あらむとそ 君は聞こしし な恋ひそ我妹
紀ぃの国の浜に よって来るちゅう 真珠 ひろて来ちゃろかてゆうて 妹の山背の山を越えて いてもた あがとこ いつごろ  いぬんやろ 玉鉾の道に出て 夕うらないひて 聞いいたんよ 夕うらない あがにゆうたんよ 「おまんよ おまんが待ってる あやつよ 沖の波や ふちの波が よいて来る 真珠 さがしてて いねやんよ ひろてて いなんよ 『いぬまで なな日 はよても ふつかやいしょ』 て あがとこ ゆうてんね そやさけ がいに 思もたらあかん   

反し歌
3319 杖衝毛 不衝毛吾者 行目友 公之将来 道之不知苦
杖衝き衝かずも吾あれは行かめども君が来まさむ道の知らなく
杖ついても つかんでも あが 迎えにいこ そやけど おまん いぬ道 あが しらな
 

3320 直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見
ただに行かずこゆ巨勢道こせぢから石瀬踏み求めそ吾が来し恋ひてすべなみ
まっすぐこなんでん ここいらから 巨勢道とおって 石の瀬踏んで おまん ほしいて きたんやし 好きやいしょ そいでよ
 

3321 左夜深而 今者明奴登 開戸手 木部行君乎 何時可将待
さ夜更けて今は明けぬと戸ひらきて紀へ行く君をいつとか待たむ
夜もたいがい更けたわいしょ もう明けるよって 戸ぉ あけて 紀ぃへ行った おまん いぬん づうーと 待つんやして 

3322 門座 郎子内尓 雖至 痛之戀者 今還金
門に居る娘子をとめは内に至るともいたくし恋ひば今帰り来む
門におった あのこ 宇智なで きてるんやて そなえがいに こいしいんかえ そな はよいんだろか
右五首。

万葉集巻第一 紀の国

万葉集 紀の国

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