紀の国の民話・昔話・伝承 東牟婁郡、新宮市編




浮島の大蛇


 新宮市の「浮島の森」ちゅうとこへ連れてもらったことあるかな。
 あの町のど真中に「浮島」ちゅう島があるんや。
 町の中に島があるちゅうのは妙な話やろ。・・実はな、大きな池があって、浮島いうのは、メチャメチャに木が繁っててな、それが島みたいになってるんやしょ。
 そやよって人が通っても沈まんのや。
 木の根と根がからみ合うてそらしつかりしたもんやで。百あまりの植物があって、天然記念物にもなってるくらいや。
 この森はなかなか奥深いだけに、なにやらひいやりとして気味が悪いんやけど、こんな話が伝えられてるんやしょ。
 むかし、このあたりに”おいの”ちゅう美しうて気立てのええ娘さんが住んでての、この浮島で木を伐ってたお父さんに、毎日お昼前になったらお弁当を運んでたんや。
 ある日のことに、お父さんにお弁当を届け、そいで自分も一緒に食べよと思て包みを開いてみたら、なんとお箸を忘れてきちゃあるんやして。
「あれ、お父さん、お箸を忘れてきたわ…
 ちょつと待っててね、なんぞお箸になるような木の枝を見つけてくるわ」
 そないいうて、おいのちゃんは森の奥の方へ入って行った。
 そいでしばらくすると「ギャーツ」ちゅう大きな悲鳴が聞こえてきたんやしょ。
 お父さんは、あわてて森の奥へかけこんだんやが、その時、おいのちゃんの着物のハシがチラリと見えただけで、ブクプクと大きな泡が浮いてだけやったんやと。
「お〜い、おいのや〜い。どうか姿を見せておくれよ〜う・・」
 て必死におがったんやと。
 けどなんの返事もなく、森はシーンと静まりかえっているだけやった。
 お父さんが血を吐くような思いで、何度も何度も呼びかけると、しばらくしておいのちゃんがすう〜と水の中から浮びあがってきたんや。
 それも大蛇の頭に乗ってな。
「ヒヤーツ」
 とお父さんは思わず腰を抜かしてしもたんやと。
 それからおいのちゃんの姿は、もう二度と見ることができやなんだ。
 そのあとこんな歌がはやったんやと。
「おいの見たけりゃ藺之戸(いのど:浮島のこと)へ どざれ おいの藺之戸の蛇のがまへ

近くの神社 熊野速玉大社



小栗判官物語


小栗判官という人と照手姫という人のお話をしよかの。
 このお話は鎌倉時代の末ごろから何万人、何百万人ちゅう日本中の人を泣かしてきたそらもう哀れなお話や。
 小栗判官助重ちゅう青年があったんやが、この人は罪を得てな、常陸(今の茨城県)の国へ流されたんやしょ。
 そこまでは、ありふれた事やけど、判官は、その辺りの領主の姫がそらもう画にも描けやんような別嬪さんらしいと聞いたんやして。
 さあそうなってくると青年の血が燃えたぎってくらの・・。
 ある晩のことに、その領主の館に忍びこみ、その姫、うん、それが照手姫いうんやが、それを口説きたてたんや。
 ま、それかうまいこと成功して、二人は熱々の仲になった。ところがこれがオヤジ殿にバレてしもうて大騒動になり、小栗判官はオヤジ殿に招待された席で毒酒を呑まされ、家来ともども殺されてしもうたんや。
 照手姫も海へ流されてしもた。
  そこでや、さすがの地獄のエンマ大王も可哀いそに思たんやろな。  ほとんどガイコツみたいになった小栗を生き返らせ、その首に
 「この者を熊野本宮・湯の峰の湯に入れて回復させよ」
 と送り状をつけといたんや。
 藤沢市(神奈川県)にある遊行寺の上人に助けられた小栗判官は、そこで箱車を作ってもらい「この車を一引きすれば千僧供養…」ちゅうPR文を書きそえてもらって、弟子たちに東海道を西へ西へと引っ張っていってもろたんやと。
 そして美濃の国まできたんやが、奉仕する人も途切れてしまい、三日三晩も軒下に放っておかれたそうな。ところが、海に流され、流浪して水汲み女として働いていた照手姫がこの村にいたんや。
 そやけど、ガイコツみたいになって軒下にいてる男があの小栗判官やと分かるはずないわな。
 けれど今は亡き小栗判官への供養にと、雇い主から五日間の暇をもろて、大津のあたりまでその車を引いていったんやと。
 そのあと、熊野詣での人たちに引いてもらって、湯の峰に着いた小栗判官は、そこの湯につかって全く奇蹟的に回復し、やがて罪も許されて美濃の国の領主となったんや。
 そこでいとしい照手姫と再会して、二人はしつかり結ばれたんやとい。

関連する神社 熊野本宮大社


参考文献
 和歌山県史 原始・古代 和歌山県
 日本の民話紀の国篇(荊木淳己)燃焼社

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