Uga 矢倉信仰



1、社殿の無い神社
 熊野には、樹や岩を畏怖し崇めた聖所が数多く残されている。この多くは、山中や谷深き川沿いにひっそりと祀られている。紀の国は木の国であり、海の民は船材を求めて川を遡り、天をつく巨樹をカミとして祀り拝み、また太古の火山活動は鉱物資源をもたらし、近年まで採掘されていた銅をはじめ、水銀、鉄、金などを求めて山中に分け入った採鉱者や踏鞴師なども巨樹や大岩を崇めたことだろう。社殿のない神社や自然信仰の聖所は熊野に限らない。

 対馬の天道信仰、壱岐のヤボサ、沖縄の御嶽なども社殿のない森だけの聖所である。カミ祀りの場が社殿を持つようになったのは、仏教寺院の影響があるが、都から遠く離れた熊野などはその影響をあまり受けなかった。ここに神社の原型が残っていると言える。

2.矢倉神社の共通項
 熊野での社殿の無い神社は矢倉神社や高倉神社と名づけられている。特徴は以下の通り。
A 磐座・巨木・森・滝・泉・窟・島などを神体とし、前面に神座を置き、ま垣を設けない。
B 社殿を建てないことを守る。建てれば火災になると伝承されている。紀勢線の紀伊田原駅の側にある木葉神社では現に火災に遭っており、現在は無社殿に戻っている。無社殿神社と言っても、雨の日の祭事があるので、拝殿は設けられている。
C 熊野の信仰の特徴として玉石を捧げるが、補助的なものである。
D 祭日は旧暦11月24日、または冬至。

3.『続風土記』記載の矢倉神社のいくつか
1 矢倉明神森社   白浜町玉伝    樹を祀って社はない。
2 矢倉明神森社   白浜町大
3 矢倉大明神森   すさみ町口和深  社なく、木を神体とする。
4 矢倉大臣社    すさみ町矢野口  境内森山周152間 宮山にる。安永2年の棟札には天一天上大明神とある。
5 矢倉明神森    すさみ町矢谷   滝を神体とする 社な
6 矢倉明神社      田辺市古屋    社地周64間、村の中にある。
7 矢倉明神     田辺市中ノ俣   木を神として祀る。
8 日生大明神森   すさみ町太間川  社なく木を祭る。
9 矢倉明神森    すさみ町口和深  社なく、木を神体とする。
10 矢倉明神森    古座川町池野山  木を神体として社なし。
11 矢倉明神     古座川町立合   岩を神体とする。地主神ともいう。
12 矢倉明神森    古座川町峰    木を神とする
13 矢倉明神森    古座川町相瀬   社はない。日南川村と持合いという。
14 矢倉明神社   古座川町大川   社地森山周68間。村中にある。
15 矢倉明神社   古座川町追野乃
16 矢倉明神森   古座川町井ノ谷  木を神体とする。
17 矢倉明神社   串本町里川    滝又にあり 島之御前といふ。
18 矢倉明神社   新宮市矢倉町   祀神 熊野楠?日神。
19 矢倉神社    三重県熊野市紀和町矢ノ川
20 矢倉明神    すさみ荘和深川村木ノ宮森 社なく石を祀る
『続風土記』に記載のない矢倉神もいくつか現存する。大半は樹木を神体としている。

付録、ネットにある矢倉神社
矢倉神社  和歌山県東牟婁郡古座川町洞尾
矢倉神社(やのくまのやぐらじんじゃ)  和歌山県東牟婁郡串本町

串本矢野熊区 滝の拝矢倉神社和歌山県東牟婁郡古座

川町小川 宇津木の矢倉神社 古座川町宇津木

矢倉神社たなみかみのやぐらじんじゃ)  和歌山県東牟婁郡串本町 田並上

矢倉神社東牟婁郡串本町高富429番地

4.その他の無社殿神社
21 高倉明神森   新宮市高田   村の北川端にあり、高田三箇村の産土神、社なし。  
22 地主神森    すさみ町矢野口 社はない。大樹を祀る。
   
5 神奈備が参詣した南紀の社殿の無い神社
 神倉神社   新宮市新宮   ごとびき岩    花ノ窟神社  三重県熊野市  石巌壁
飛瀧神社   那智勝浦町   那智の滝     木葉神社   串本町     地面

6 矢倉とは
 クラヤマツミの神の名はクラヤマであり、逆転しヤマクラとなり、ヤクラとなったとの説があるが、熊野らしい神の名だが、原初に祭神があって、それが社名になるようなことはあり得なかったと思われる。
 ヤクラのクラはイワクラのクラであり、神の座の意味だと思う。ヤは美称と思われるが、イヤとかオオヤの略と考えられる。熊野をユヤとかイヤと訓む場合がある。出雲の揖夜神社のイヤである。イヤは阿波の祖谷もそうである。総合的にはイヤはヤとなり、美称としていい。
 熊野の民衆の信仰は熊野三山に集約されたと思われる。熊野三山は民衆の信仰の上澄みだと思われる。矢倉神社は古層であり、基層である。
 熊野本宮大社は大斎原が元地であり、水の豊富な地で多くの木々が速く育った場所である。樹木信仰があり、祭神は家津御子である。植物の生育の神と言える。
 熊野新宮は速玉の神であり、玉石信仰の場であった。立地としてゴトビキ岩の信仰も引き継いだと見て不自然ではない。
 那智大社は那智の滝を神の依りつく柱とした飛瀧神社の流れを受けている。


                                    以上

参考 『祈りの原風景』桐村栄一郎

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