岡田鴨神社
京都府木津川市加茂町北小鴨村44

鳥居


交通
JR関西線加茂駅 北東15分 its-mo


祭神
建角身命

社殿が並ぶ

由緒
 相楽郡の式内社。『三代実録』に貞観元年(859)に岡田国神らと共に従五位上を授けられている。
 『山城国風土記』逸文に、「可茂の社。可茂と称ふは、日向の曽の峯に天降りましし神、賀茂建角身命。神倭石余比古命の御前に立ちまして、大倭の葛木山の峯に宿りまし、彼より漸に遷りて、山代国の岡田の賀茂に至りたまひ、山代河の随に下りまして、葛野河と賀茂河との会ふ所に至りまし」とあり、神倭石余比古の案内者としての賀茂建角身命が遊行したその跡地に、命を祀ったのに始まるという。

 『京都・山城寺院神社大事典』によれば、当社の南西1kmの所に鴨大明神の鳥居と称される地や、北方、木津川辺りに鴨大明神跡と称する地があるとのこと、現在地に鎮座以前、幾度かの遷座を行ったのであろう。おそらくは木津川の洪水によるものであったろう。

 『山城名勝志』には、「賀茂明神社は賀茂郷里村に鎮座。」とあり、これは春日若宮社をさしている。疑問の残る記述のようだ。

本殿 向かって右が鴨社、左が天満宮

本殿

たたずまい
 本殿は二棟が並び、向かって右が岡田鴨社、左は天満宮。明治十年に式内岡田鴨社と決定された。
 梅雨の晴れ間の参詣であった。清々しい緑風の中の参詣で、誠に気分のようものであった。
 社殿前での柏手は木霊のように響き還る。国津神である葛城の鴨の神霊がおわすのかも。

お祭り 4月 3日  例大祭

春日若宮社
 

『平成祭礼データ』

 由緒
 本社は、延喜式内の古社に列せられ、「日本三代実録」によると、貞観元年(859)正月27日、岡田鴨神に従5位上を授くと記されている。明治6年郷社に列せられた。「釈日本紀」の山城風土記の逸文によると、建角身命は日向の高千穂の峰に天降られた神で、神武天皇東遷の際、熊野から大和への難路を先導した八咫烏が、すなわち御祭神の建角身命で、大和平定に当たり数々の偉勲をたてられた。大和平定後、神は葛城の峰にとどまり、ついで山城国岡田賀茂(現在の加茂町・江戸時代までは賀茂村と書く)に移られ、その後洛北の賀茂御祖神社(下鴨神社)に鎮まるのである。賀茂氏族の発展を祈り岡田賀茂の地に洛北より賀茂明神を勧請し賀茂氏族の祖神、建角身命が祀られた。当社の御鎮座は、崇神天皇の御代と伝えられている。境内は、元明天皇の岡田離宮の旧跡と伝えられ、村人が離宮の旧跡を保存するためにこの地に天満宮を創祀したと伝えられる。和銅天平時代には、現在の木津川(古名−加茂川)は岡田山(流岡)の北側を流れていたが、その後木津川が南側を流れるように変化し、水害が頻繁になり、式内岡田鴨神社を旧社地より岡田離宮の跡である天満宮の境内に遷された。
以上

『式内社調査報告』、『京都山城寺院神社大事典』

京都山城の神々

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H17.6.17