賣布神社
兵庫県宝塚市売布山手町1-1 mapion


石段



交通案内
阪急宝塚線売布神社駅下車北西すぐ mapion



祭神
下照比賣神 配 天稚彦神(社頭掲示)
元々は大布命を祀っていたとされる。
摂社
豊玉神社、稲荷神社



由緒
  『式内社調査報告』によれば『兵庫県神社誌』の社伝では推古天皇十八年創祀とあると言う。
 宝塚の地には物部氏の一族の若湯坐連の住む地で意富売布連(『高橋氏文』または大布命(宇麻志摩治命七世孫:『天孫本紀』)を祖としている。

 東1kmに中山観音寺が鎮座、境内には主に妊産婦用であろうが、エスカレーター二基が設置されている。 この観音の元地は現在奥院になっている所であるが、磐座の山であり、また水神の山である。 水神は観音信仰に変化していったケースが多いと言う。またこの中山寺は物部守屋鎮魂の寺でもあるとの説は当地の物部氏の影響であろう。守屋に組しなかった償いかも。
 売布神社は摂津国の式内社の賣布神社に比定されている。一時貴布祢社と呼ばれていたようだが、水神の雰囲気がある。
 磐座が多い、特に夫婦岩の真南に鎮座していること、物部居住地と言うだけからの単純な推測だが、中山観音の奥之院なり夫婦岩が元の鎮座地ではなかったろうか。

拝殿


お姿

 石段の左手前に石垣で作られた池があり石が置かれている。 またその隣に石垣で囲まれた空間があり、いかにも神の坐す場所だったように感じる。

入り口の池と石室
 



祭礼
10月18日、19日 例大祭

御由緒
一、第六十六代醍醐天皇の延喜五年(約一〇五〇年前)制定の延喜式巻九神名帳上に 摂津国七十五座の一つに加えられ官幣社として、神祇官をして幣帛を供進されました 。
二、第五十五代文徳天皇が綸旨あれてからは代々の天皇が続けられ、右大将源頼朝が 命じてから庶民の信仰も多くなり、第九十一代後宇多天皇が参篭されました。
三、いづれの頃からか佛者に乱されて「貴船大明神」と誤り崇められていたのを、徳 川八代将軍吉宗が元文元年九月(約七四〇年前)に寺社奉行大岡越前守忠相に命じ大 阪の佛者並河五市郎が調査した結果、「賣布神社」が正しい名称であることが判明、 同年十二月「賣布社」の社号右を寄贈され、現在も拝殿前に存しています。
四、現在では、衣・食・財の守護神として特に繊維業界、食料業界、金融界の方々の 信仰が深く、またご夫婦の神をお祀りしているところから恋愛・結婚・就職の神さまとして崇敬されています。

参考
『平成祭礼データ』

物部氏ホームページ
神奈備にようこそ